「東京タラレバ娘」(KC KISS)
著:東村アキコ
(http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063409352)
思えば随分と遠くへ来たものよ……。
ファンタジー活劇よろしく、遠い目をしてそんな台詞を零してみたくもなるというものだ。
たらればばかり言っていたら気付かぬうちに三十代。
もう決して若くはない、無茶も出来ない、生き抜くべき社会は思った以上に手厳しい。
そんな身につまされる状況に共感の涙を流しながら、
満身創痍でそれでも戦い続ける女たちの姿に希望の光を見出しつつ、
今回紹介するのは年始からの実写ドラマ化が発表された本作。
高い理想を掲げて、根拠もなく仮定の話を積み上げるうちに、気が付けば33歳になっていた。
脚本家の倫子は恋も仕事も上手くいかず、高校時代からの親友である香、小雪らと何かにつけては集まり、「女子会」と称した飲み会を繰り返す日々を送っていた。
酒の肴はもっぱら「たられば」話。
あのとき彼のセンスがもう少し良かったらプロポーズを受けていたのに。
バンドマンの彼にもう少し芽が出る可能性があったなら。
こうしていたら……。
ああすれば……。
そんなある日、偶然居合わせた鍵谷という金髪の美青年から、倫子たちは「このタラレバ女!」と言い放たれてしまう。
もうあらすじだけできつい。
客観的に倫子たちを見て「痛い」と感じつつ、それでも自分を顧みると心当たりしかなく、
読めども読めども、彼女たちに感じたことがそのまま自分に跳ね返ってくる。嗚呼、無情。
たられば話の何があかんのや……。
女子会の何があかんのや……。
確かに、たられば言っていても現実は変わらないし、どうしようもないことなんて分かっているけれど、それでもその儚くも楽しい妄想は手軽に気軽な逃避をさせてくれて、手痛い現実をほんのちょこっとだけ忘れさせてくれる。
作中の倫子たちも、傷ついた自分を誤魔化すように「たら」「れば」を繰り返す。
逃避のようなそれに浸って、同じ悩みや迷いを抱える気心の知れた仲間と、そして読者とともに、現状を見て見ぬふりをする。
だって傷つくのは怖いし、もうこの年で傷つきたくなんてない。
何を見て、何を聞いて、何を知って、何に気付いたら傷つくのかなんてことは、この歳だからもう知っていて、だから自分が傷つくようなことは全部避けるし、全部見ないし、全部聞こえない。
たらればツマミにお酒を飲んで騒いでいればそれで大概楽しいじゃん。
現実はどうしてか上手くいかないけど、なかなか打破なんて出来ないけど、何かもういいじゃん……(めそめそ)。
そんな風に現状を誤魔化しつつ日常を送る倫子たちであったが、ある日を境に、酒のツマミにしている白子ポン酢とレバテキが語りかけてくる姿が見え始める。
現実なのか妄想なのか、しゃべって動く白子とレバー。
愛らしい丸っこいフォルムにちょこんと出た小さな手足、くりくりとした目。
しかしやつらは、そのメルヘンチックな外見に反して、容赦なく辛辣な言葉を投げかけてくる。
「この世は金とコネと……そして女は若さと美しさタラ!!!」
怖っ!!!!!
少女漫画ってもう少し夢のあるものじゃないの!?
ホラーや……ホラーやで……!!
ゆるキャラの見開いた目は初見の印象をがらりと変えてしまうほどに血走っていて、恐ろしい。
そんな顔で、アラサー女子が目を背けてしまう現実を正面からつきつけてくる。
怖くて怖くて、もうタラもレバーも見たくないよ! なんて気持ちになるのに、
それでもやつらは何度も何度も現れて、倫子たちを、そして読者を、フルスイングでぶん殴ってくる。
「逃げるタラか? 仕事から? あいつから?」
もうやめて! 私たちのライフはゼロよ!!(号泣)
そうやって怯えながらタラレバと共存していく間にも、無情にも時間は進んでいく。どんどん歳をとっていく。
自分がなけなしの勇気を振り絞って踏み出した一歩が、望んだ結果につながらないなんてザラ!
くっ苦しくてこれ以上は読めない……!!(嗚咽)
それでも、リングの上でサンドバッグ状態で何度も何度も殴られながら(バイオレンス)。
気付きたくなかった現実をこれでもかと突き付けられながら(ホラー)。
時として立てなくなるほどの傷を負いながら、タラレバ娘たちは満身創痍で立ち向かう。
なぜなら彼女らは、いや私たちは、生きていかなくてはならないからだ。
これから先の何十年の人生も、生きて、暮らして、他の誰でもない自分自身と付き合っていくからだ。
幸せを、未来を、自分を、諦めていないから「たられば」と言うのだ。
いつか「たられば」を言わない日々を手に入れたくて、夢を見て、もがくのだ。
恋が成就したら? 来る東京オリンピックまでに結婚できたら? 巨万の富を手にしたら? 地位や名声を手に入れたら?
どうなっていたらハッピーエンドなのか、そうでないのか。私は彼女たちにどうなって欲しいのか、どんな結末が見たいのか、それはまだぼんやりとして、分からない。
けれど、時として目を背けたくなるような悍ましい現実に不器用ながらも真っ向から立ち向かう彼女たちの、いつか訪れるどんな顛末にも、きっと心を抉られるに決まってる。
そして、そんなタラレバ娘たちの姿に感化されて、小さく、でも大きな一歩を歩み出したくなるに違いない。
諦め悪く、なおもたられば話を携えて。
立ち上がれアラサー! いや、世の荒波を世を生き抜く全ての女子たちよ!
信じればきっと私たちの未来は明るい!(はず)(きっと)(たぶん)
(文/三崎いさ)
【オタラボコミックレビュー】「東京タラレバ娘」タラもレバーも美味いから困る
2016.12.19